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MINAMI.JPG
 
南天の空に輝く南十字星    バリ島クタビーチにて撮影                                                                                                                                                           
 

   最終章 なぜ巨大科学を追うのか

 
 
 
なぜ 夢を持ち続け巨大科学を追い続けるのか ?

最終章で 加藤の歩いた道を振り返り このホームページの終わりとしたい。
 
加藤は 194x年 太平洋戦争真っ只中に生まれた
日本は戦時下の食糧難で その日の食べるものも無い時代であった。
加藤の母親も例外ではなく 栄養失調で加藤を産んだ

戦後、日本人はがむしゃらに働き 日本の復興に尽くした。
そして 「 もはや戦後ではない」 と言われた 時代に社会人となった。 
 
その後 就職して、、、、、
 
加藤もなんと幸運なことに 世界一、日本一の数々に遇偶して来た 
そして巨大なプロジェクトにも参加出来た
世界の地の果ての様なシベリヤで又、酷暑のパプアニューギニアで 日本人の一人として参加出来た。
 
広大な中国大陸を歩き、長江 ( 揚子江 )を眺め 大自然と大宇宙を眺め その謎を解き明かそうとする
巨大科学の素晴らしさに感動した。
これだけ世界中のビッグプロジェクトに日本は協力し世界貢献をしている。
その反面、 世界の中で日本が認められていないことを情けなく感じた
 
資源を持たない国、 日本...........  シベリヤのクズバス鉱山の石炭露天堀現場で建設に関わり 日本は資源では負けだ
技術で生きるしかないと痛感した  日本では石炭は字の如く [ 石 ] である  しかしシベリヤでは石炭は粉である
石炭は地中深く掘るものでなく 地表で粉状をすくえば良い

これからの時代、先を読め
 
資源を持たない国、 日本の進む道は先端技術を駆使し宇宙空間を開発し
宇宙、航空で世界のトップに立つことだ
  
 
瀬戸内海の小さな半島の先に 戦艦 陸奥記念館がある 謎の沈没をした巨大戦艦である 日本海軍が誇った
巨砲巨艦である しかし時はすでに航空機の時代に入っていた だが日本海軍はまだ 巨大戦艦を推し進めた
そして 1945年 片道の燃料で 戦艦 大和は沖縄沖の東シナ海に出撃し皮肉にも戦艦の海戦ではなく米軍の空爆
により撃沈 東シナ海に消えた。
 
戦艦大和のついでに話はガラッと変わるが

平和は守るものではない  平和は作るものだ !  平和は勝ち取るものだ !

国連をみて 分担金 2 %の中国が常任理事国で 19.47%も分担している日本が非常任理事国止まりだ
戦後 60年 何時までも負け犬で自嘲を続けるのはこの辺りで止め様

日本人は平和の解釈を間違えている。

竹島を取られても 話し合いで平和に解決しよう、気が付いたら日本は韓国の属国になっていた これが平和か !

勝たねば何にも為らない 座視て死を待つという馬鹿げた不毛の論議は止めよう

日本人は平和の解釈を間違えている。

日本は世界で唯一の被爆国である 故に、 愚かな考えで 世界に向け核を廃絶しよう !
なんて叫ぶ 愚か者が居る。

日本人は平和の解釈を間違えている。

世界で唯一の被爆国で 地獄を見た国ならば 二度と原爆を落とされない国にしよう !

なぜこの様に考えないのか !

戸締りもせず 拳銃をもった強盗に 拳銃は危険だから捨てて下さいが 通じるか、、、、
強盗が 拳銃で入ってきたら こちらはライフルを持てば撃退できる。
強盗が ライフルで入ってきたらこちらは機関銃を持てば撃退できる。

、、、、、、 こちらに 核があると分れば 二度と原爆は落とされない これが国民を守るということだ。


またまた話はガラット変わるが

日本は有人飛行実現に早急に取り組んでほしい失敗を恐れず宇宙空間の大国になれ
人の褌で相撲を取ることは止めよう。 米国頼みの宇宙政策から手を引き自力で相撲を取ろう
おのずと世界は日本を認めるだろう。

そして 話は戻るが

今も、地球の果てから果てまで歩いていた頃の夢が忘れられないのだろう 
そして、日本の巨大科学の行方を追い続けたい。
 
これが結論である。

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