海外編
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    加藤の歩いた道 ( 海外編 )  なぜ巨大科学を追うのか !

 
 
 
なぜ自然と巨大科学を追い求めるのか 

無鉄砲な青年時代 巨大プロジェクトに参加し 酷寒のシベリヤから 南のオーストラリア迄 歩き続けた。

マイナス 40度の酷寒のシベリヤで過酷な作業に従事し、 また広大な中国大陸を歩き、そして未開の
パプアニューギニアで 内乱に巻き込まれるなど数々の修羅場に合った  その時々を慰めてくれたのは 
想像を絶する宇宙の神秘と 移り行く雄大な自然の流れであった。
人間は自然に打ち勝つことは出来ないが自然と共生は出来る
加藤は これらの地で、数々の自然現象と遇偶した。
何故、こんな神秘は起こるのだろうか これを解き明かしてくれるのは巨大科学である。

隠居した今も、この夢が忘れられないのだろう

ここで海外の滞在記録を振り返ってみよう
 
追い番 出発月 滞在日数 滞在国名
01 1976/12 066 泰国、シンガポール
02 1977/04 016 泰国、マレーシア
03 1977/09 103 泰国全土
04 1978/01 010 泰国、シンガポール
05 1982/09 143 インドネシア全土
06 1983/04 111 インドネシア、バリ島
07 1983/11 091 ソ連邦 北極周り経由 
08 1984/05 045 ソ連邦 モスクワ経由
09 1984/08 079 ソ連邦 モスクワ経由
10 1985/05 032 中国 中北部 (北京、天津、漢口、重慶、紗市方面)
11 1986/01 058 中国  南西部 (広州、桂林、仙頭、香港方面)
12 1986/06 017 中国  中南部 (潮洲、杭洲方面)
13 1986/08 127 パプアニューギニア、オーストラリア、フイリッピン
14 1987/03 021 パプアニューギニア
15 1987/04 016 インドネシア ジャカルタ、バンドン市
16 1987/06 019 インドネシア 中央部
17 2006/10 006 アメリカ合衆国 ( 北米 ) ANN Arbor



























 
 




 
自然と宇宙に興味を持ったのはやはり海外で想像を絶する自然現象に遇偶したからであろう



日食

 1. 宇宙の大神秘 皆既日食に遇偶
 
  1983年 06月 11日 AM 11:31.00〜11:35.31 インドネシア国 オノソボ ソロ川に居る時 20世紀最大の
  皆既日食に遇偶


      WONOGIRI.JPG
 
           インドネシヤの中央  フンガワン ソロ オノギリ発電所に滞在中 皆既日食の中心に遇偶 
       
        建設中のダムは堰堤の長さ1kmを超える しかし平地の大河のため落差が取れない
        大水量で押し流す       ( 現地のワーカーとのスナップ )
 
 
              NISYOKU.JPG
        1983/06/11  am11:31〜11:35.31'   神秘は続いた  ジョグジャカルタ市にて


                      2006年 05月 インドネシア、ジャワ地震により ジョグジャカルタ市は壊滅的被害を受けたと
          報道されている 加藤が滞在中、懇意にしてくれた人々はどうなっただろうか
          今は、無事を祈るのみである。

 
    最後に 決定的写真を紹介
 
    皆既日食の最後の 一瞬に ダイヤモンドリンク現象が起きる 1秒の何分の1の時間である
    
    当時高級カメラだった アサヒペンタックスSPの一眼レフ レンズに熔接用の黒い遮光ガラスをアロンアルファーで
    貼り付け決死 ( 目をやられる危険がある )で撮った写真である
    その後、瞬間接着剤でレンズが回らなくなりピント合わせが出来ず カメラ 1台 お釈迦にしたのだが
 
    DIALINKU.JPG
 
    皆既日食は 地球から月までの距離 384,400Km   地球から太陽までの距離 149,600,000Km
     約 400倍  太陽と月との見かけ上の大きさの比 約 400倍の偶然一致から起こる
    そしてダイヤモンドリンクは月の表面の凸凹により起こる 月の表面が平らなら リンクで終わってしまう

          ( 厳密に言えば  地球から太陽までの距離は 384,405Km  太陽の直径は  この距離の X 3.8倍
      太陽の直径は 地球の直径の  約 108倍 月の直径の約 400倍 そして 月までと太陽までの
      距離比は 389倍 約 400倍 この偶然の一致は神が創ったいたずらか。 )  

     
 
 
    遇偶  :そこで皆既日食が起こるからその地へ見に行くと言うのでなく 偶然その地に居たら
      皆既日食の僅か幅 15kmの中心に居た。


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シベリヤ

 2.  ソ連邦 シベリヤ
 
   このシベリヤでは数々の自然現象に遇偶した ( 神の悪戯か、それとも微笑みか )
 
     1.  針葉樹の森 ( タイガー )の上に怪しく光る全天のオーロラ  
     2.  シベリヤの冬に現れる 2つの真っ赤な太陽  ( 西と東に出る)
     3.  -40度の酷寒の地に現れるダストコアー現象    ( 空気中の水分が凍り銀粉の様に漂う)
 
 
             kuzubasu.jpg
        冬のクズバス鉱山 P&H2800E 巨大ですゾ                現地のワーカーとの筏下り 
                              手前にいる乗用車が豆粒に見える 日本は
          予備機を含め 14台組み立て引き渡した。
 
               ソ連邦 シベリヤは広大な大地である 石炭、天然ガスは無尽蔵にある そして石炭は露天堀で
     写真のようにすくい上げる スケールが想像を超える
     だが 人々が生活するには過酷な地である
      冬は 実に -40度 自分のおしっこも数10cm流れて凍ってしまう 睫毛に自分の吐く息が凍って玉の様になる
     一番困るのは涙が出て凍れば 目が開けない   こんな土地でも夏の短期間には 真夏の日がある
     世界の大河 オビ川の上流で筏下りをした日本人は数少ないだろう

中国

 3.  中国
 
    中国国内主要都市を巡ったが ここは総てその広大さスケールの違いに驚かされる  とにかく広い
 
     CHIINA.JPG
          興安嶺            北京駅の夏 北京から上海へ 

         中国はこの先何処へ向かうのだろうか

    中国は独立後長い期間外国人を受け入れなかった。
    その後、海岸に近い主要都市から順次 解放区を設け外国人を受け入れるようになった。
    内陸部の重慶はやっと1983年に解放区となった
    加藤がこの内陸の重慶を訪れたのは 1985年である
    重慶市内の高台にある重慶大学の迎賓館に 15日間程 滞在したがこの時すでに日本語教室が
    設けられていた 加藤は中国語で チャートンと読むらしく チャートン先生 ( 先生とは日本で言う 「さん」の意味 )
         日本の製品を教えてほしいと学生や若い人に請われた。
    皆、熱心であった 時は移り今日、日本との関係がこじれてしまった。
    何時までも抗日を叫ぶ、中国自身の自業自得であるが この先この国の国民は何処へ向かうのだろうか。
    1日も早く 昔の様に親日になる事を望む  ( 国内にもASAHi *社の様な反日、抗日売国奴が居る事は残念だ )
 

    juukei

    重慶大学 構内の迎賓館前 小柄の赤シャツが加藤 右は通訳の Nさんと技術者のKさん
    一日も早く 中国が以前の中国に戻ることを願わずにはいられない。

    中国は余りにも広大だ 北の錦洲から 南の広州 ( 現在は香港 )まで主要都市を歩いた
    そして この国では騙され続けた、 些細な手違い等を鬼の首を取ったように何時までも
    いい続ける 一歩こちらが譲歩すれば次は又、些細なことをいい続ける。
    最近 所謂 著名人が中国人の心情.......等  日本も理解を示すべきだと言っているのは
    見当違いもいいところだ。
    彼らは これは日本を攻撃の為の口実にしか過ぎない 一歩譲れば 次は 何を言ってくるか
    解ったものではない いつの間にか気が付いたら南の島は中国領になっていた。

    こんな悪夢のシナリオを 喜ぶ 輩が多いことは悲しいことだ。

         以上は一般論だ だが見方を変えてみよう

    加藤は中国大陸を歩き、田舎の田んぼの畦道でよく筆談で話をしたが一般民衆は加藤が
    一人で歩いていても何の危害も加えず、にこやかに接してくれた。

    考えてもすぐに解る事だが 戦後 60年過ぎ 戦争体験者は少なくとも 70歳を越ている
    今の、若者が 靖国どうのという筈が無い。

    これは 日本国内の一部の売国奴 ( ASAhi**社 ) VS 一般常識者の 国内問題だ

    安倍首相代理 が 「行ったとも、行かなかった」 とも いっていないのにコメントのしようが無い
    と、中国はいっている。  これが中国の本音であろう。
    
    日本国内で騒がなければ、一部の亡国新聞 ASAHI 社の日本人扇動者に乗った中国も
    引き所を見つけるだろう。


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パプア
    
4.  パプアニューギニア
 
    アフリカにギニアという国がある どうしてかこの南太平洋に同じDNAを持つ人種が居る
    ニュウギニアとして独立した
    世界から忘れられた国といわれる
    ここで驚かされるのは海岸から僅か数Km離れるだけで 1,500m程あがる丘が連なる
    ロナ川は 川というより滝の連続だ ダムの要らない発電所が出来る
 
    PAPUA.JPG
         中腹の高台                    村の祭りの日
 
        パプアニューギニア 南太平洋に浮かぶ島国 領土のほとんどが溶岩台地で農耕は出来ない
     20世紀まで狩猟民族の貧しい国である
     資源といえば僅かに産出する石油、天然ガス ゴム  リン鉱石位である

     この国を攻めて占領しよう............と 世界からの非難制裁を受けてまで考える国は無いだろう
     それでもこの国には立派な軍隊と基地がある  そして訓練を繰り返している
    
     人々の生活は貧しい 電気も満足に来ていない しかし自国を守る国軍は立派に存在する
     一方、日々の生活を謳歌しているが 自国も守れない国、日本がこの国パプアを笑えるだろうか

     売国奴 ASAHI * 社の如き  " あなたの息子が、恋人が ○ ○ ○へ行くのが許せますか "
     という 子宮で物事を考える馬鹿な国は世界に日本だけだ。


泰国
 
5.  泰国 

     一番長く滞在したのはインドネシヤで通算すると 1年近く滞在した
     そして一番歩いたのは泰国で約 40箇所位 東奔西走した この時の写真で珍しい 1枚がある

     
 tai    

      泰国 北部チェンマイの手前のローカル空港でこの飛行機の車輪がパンクしてしまった この国は実に
      のんびりしている 交換のタイヤをバンコックから来る次の便で運んでくると言うのだ
      その間我々は木陰でのんびりと昼寝したり機体を見たりして時を過ごすしかない。
      しかし珍しいと言うのは この機体である 日本が製造した唯一の民間機 YS-11の中古を買い
      この泰で使用しているのだと言う 機体のあちこちを探したが何処にもYS-11の文字は無い
      しかし 機体の姿、形からまず間違いないと思われる

      かがみがはら航空宇宙科学館に YS-11の実機が展示してある 記憶が正しければ同型だった。

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アメリカ
       
6.  アメリカ合衆国 Michigan州 ANN Arbor市

      久し振りにこの歳になってから アメリカのデトロイトへ出張となった 会社の若い K君にすべて
      「 おんぶ に だっこ 」の格好で世話になっての出張となった。



      
     ホテルの窓越しに見る ANN Arbor市
     
     この地は五大湖に近く 緯度が高い
     もうすっかり木々は紅葉している
     現地の話では 10/23日に初雪が
     舞ったとの事。 
 
ann_1
    デトロイト メトロポリタン空港のモノレールと
     名物の噴水

     出国 ロービー中央にある
ann_2

      アメリカ合衆国  流石に世界一 自由と人権を尊ぶ国である 肌の色はそれぞれ異なるが
      どの場面でも 対等に相対している

      アメリカは たった一人の人を救うのに たとへ10人の兵士が犠牲になっても実行すると言う。

      日本は 何時になったら 戦後の反省と謝罪という馬鹿げた事柄 から抜け出せるのだろうか。
      
      日本は 何時まで 戦後の反省と謝罪という馬鹿げた事柄を続けるのだろうか
      
              日本人は何時になったら目覚めるのだろうか。。。。





太平洋

6.   8,000m上空から見る南太平洋
 
    加藤が飛び巡っていた頃は世界は局地的には紛争があるが まだまだ平和だった。
    勿論、テロなど無かった時代である
    今では信じられないだろうが 機内とコクピットは開けっ放しの状態で飛行していた
    加藤は小柄のためかスチュワーデスさんから見れば大学生 ?に見えたのか何時も操縦室に入れてくれた
    8,000m上空から見る南太平洋は素晴らしいの一言に尽きる
    僅かであるが地球が丸く見えます。
 
KINAI_1 KINAI_2
             機内からのコクピット              コクピットの丁度中央は空間となって前面に180°の南太平洋が
                                      眼下に広がる
  
 
    最後に 決定的写真を紹介
 
    皆既日食の最後の 一瞬に ダイヤモンドリンク現象が起きる 1秒の何分の1の時間である
    
    当時高級カメラだった アサヒペンタックスSPの一眼レフ レンズに熔接用の黒い遮光ガラスをアロンアルファーで
    貼り付け決死 ( 目をやられる危険がある )で撮った写真である
    その後、瞬間接着剤でレンズが回らなくなりピント合わせが出来ず カメラ 1台 お釈迦にしたのだが
 
    DIALINKU.JPG
 
    皆既日食は 地球から月までの距離 384,400Km   地球から太陽までの距離 149,600,000Km
     約 400倍  太陽と月との見かけ上の大きさの比 約 400倍の偶然一致から起こる
    そしてダイヤモンドリンクは月の表面の凸凹により起こる 月の表面が平らなら リンクで終わってしまう

          ( 厳密に言えば  地球から太陽までの距離は 384,405Km  太陽の直径は  この距離の X 3.8倍
      太陽の直径は 地球の直径の  約 108倍 月の直径の約 400倍 そして 月までと太陽までの
      距離比は 389倍 約 400倍 この偶然の一致は神が創ったいたずらか。 )  

     
 
 
    遇偶  :そこで皆既日食が起こるからその地へ見に行くと言うのでなく 偶然その地に居たら
      皆既日食の僅か幅 15kmの中心に居た。
  
    宇宙、地球の不思議に感謝しつつ...............       おわり 
 
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